鳥類図鑑と鳥が異なる時は鳥を信じる

シェアリングネイチャーライフ

今は廃盤になった書籍「ネイチャーゲーム3」(ジョセフ・コーネル著).の15日のページに書かれている言葉です。

目の前で起きている現実よりも知識を優先することがありますね。
この前、長崎市民の森の木工館下の森で、自然体験プログラムの下見をしようと数人で森を歩いていると、木の根元に鮮やかなオレンジ色の沢山のツブ?粉?が高さ5センチほどの山盛りになってました。
以前から森の中で見かけるのモノなのですが、それが何なのかわからないまま過ごしてきました。
早速仲間と手触りを確認したり匂いを嗅いだり、周辺の木にヒントはないかあれこれ観察しました。
色はオレンジ、木屑にしては鮮やかです。
匂いは木のにおい。
手ざわりはポロポロしていますが、完全に乾燥している感じでもなく、かといって、団子にできるほどの粘りはありません。 「ハンバーグにできそうだね」なんて話している所で、その正体をスマホで調べてくれる人がいました。
虫のフンでした。
木を掘って、消化すべきものを消化し、排泄したのでしょうね。

”答え”はネットでいつでもどこでも調べられる時代です。
あれこれ思考を巡らせずとも、ネットで調べれば、大抵のことは即座に答えがわかってしまいます。
恐ろしいなぁと思うのは、そのものを良く見ることもなく、感じず、考えず、すぐに検索してしまうこと。
植物や動物の名前がわかってしまえば、もうそのモノがわかったような気にになってしまいがちです。
「検索」は思考停止に陥りがちですね。

以前山歩きをしていたときに、目の前の道の行く手より、手元の地図から目を離さないことがありました。 それも似た話しでしょうか。
カマキリが虫をバリバリ食べているシーンに出くわし、それを見ることよりも写真に撮る事を優先したり・・
子どもの一瞬の喜びのシーンに共に喜ぶより、カメラを向ける・・・。

私たちは、もっと目の前にあるリアルな世界と”今”の瞬間に集中すべきなのかもしれませんね。
そのほうがきっと感性も磨かれるに違いありません。

0

コメント

タイトルとURLをコピーしました